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日本の伝統、お花見の世界

●お花見の歴史●

日本人の間でお花見の慣習が始まったのは奈良・平安時代だといわれています。庭に桜の木が植えられ始めたのは奈良時代ですが、当時はまだ観賞するお花というと梅のほうが主流でした。平安時代になると梅より桜が好まれるようになり、花を観賞しながら宴を催す「お花見」がおこなわれるようになったといわれます。「日本後記」には、弘仁3(812)年2月12日に嵯峨天皇が神泉苑で花を観賞し文人達に詩を作らせたのが花宴の節会の始まりであると記されています。以降、「源氏物語」など多くの文献に、こういった貴族のお花見の様子が描かれています。鎌倉時代には貴族社会から武家社会へ移行したことにより、お花見は武士の間でも楽しまれるようになりました。また、農民の間でも、貴族とは違った形で豊作を祝う簡素な宴が催されていたと考えられています。鎌倉時代を生きた吉田兼好の「徒然草」には、様々な規模のお花見が登場します。室町時代には、足利氏による豪華な「花の御所」や、安土桃山時代の豊臣秀吉にによって盛大な「醍醐の花見」がおこなわれました。江戸時代に入ると各地に花見の名所が誕生し、お花見は庶民のものへとなっていったのでした。この頃に定着したお花見の形が、現在まで続いているのだといえるでしょう。

●観るお花の代表格、桜●

現在、お花見とは一般的に桜の花を観ながら宴を催すことをいいます。平安時代以降、日本人にとって観賞するお花といえば桜でした。桜は日本を代表する花の1つで、古くは「古事記」や「日本書紀」にも登場します。桜はバラ科のサクラ属に属し、サクラ属はサクラ、ウワミズサクラ、モモ、スモモ、ウメ、ニワウメの6亜属に分けられます。私たちが桜と呼んでいる花はサクラ亜属のものです。桜は主に北半球の温帯に広く分布していて、日本のほかにも中国、朝鮮半島に多く見受けられます。欧米にも桜は育っていますが、日本のように綺麗な花を咲かせる品種ではないため、日本の花の代表として海外では認識されているようです。桜という花の特徴は開花時期の短さにあります。1週間ほどしか満開にならず、すぐ散ってしまいます。咲いた花の美しさだけでなく、早く散ってしまう儚さが、人々を魅了し続けている理由だともいえるでしょう。

●平安以前から続く梅の文化●

奈良時代まで、お花といえば桜ではなく梅でした。「万葉集」などで詩歌に登場する回数をみても、桜より梅のほうが多く観賞されていたことが分かります。これは中国文化の影響であるといえるでしょう。古来より日本は遣隋使や遣唐使を派遣し中国へ習ってきました。梅は今も昔も中国を代表する花であり続けています。梅は桜と同じバラ科のサクラ属で、亜属ではウメに分類されます。観賞のほかに、果実を利用した梅干や梅酒といったかたちでも私たちの生活に広く根付いています。もちろん、現在でも日本各地に梅の花見所は存在し、観賞するお花としても、桜以外で最も有名なものと考えられています。

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